ホテル・ラ・レシデンシア の建物は 1904 年に建造されました。

その建物に歴史的価値のある『 宿・ミラマール 』が開かれました。

1936 年にはフランコ軍が宿を管理下に置き占拠しました。

当地の海岸地帯がまだ観光開発されていなかった頃、 カダケス まで出かけるというのは、 まさに冒険そのもの――それもいつも楽しいばかりではないもの――でしたが、 すでに 宿・ミラマール には、芸術、科学、文学、思想、文化全般分野の人々が 集い、出会い、宿泊していたのです。

ピカソ が初めて カダケス を訪れた際には、この独特な宿に滞在しています。
それは 1910 年 のことでした(ダリは当時 6 歳でした)。

時代の流れと変化は古くからの宿屋にも訪れ、 1965 年 新しいオーナーによって ホテル・カップ・クレウス と名称変更されました。

1978 年 再びオーナーが変わり、ホテルの用途も変化します。

必要と思われるリフォームが行われ、美術館となったのです。

しばらく休館した後、同じオーナーがホテルとして営業を再開し、今日に至っています。

1992 年には ホテル・ラ・レシデンシア の名称で、観光資格を取得しています。

2004 年、ダリの生誕祭とともに、同じ年に建造されたホテルの建物の生誕祭も行いました。

決してたやすい道のりではありませんでしたが、 すでに一世紀 という歳月が流れた現在でも、 ホテル・ラ・レシデンシア には、芸術、科学、文学、思想、文化全般分野の人々が集い、 出会い、宿泊し続けています



オーナー支配人 キム・ M ・ミロ 、お越しいただくのをお待ちしております。

CADRAN SOLAIRE ( 日時計 ) 』 (1966)
ダリのオリジナル作品
海側の外壁
メインストリートから ホテル・ラ・レシデンシア への入口
1904 年建造の ホテル・ラ・レシデンシア の建物外観
『 Le Cadran Solaire ( 日時計 ) 』に署名する ダリ 。下の写真では建物外壁にご覧になれます

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